ドイツと日本で授業を行っている学校を紹介する。

 

ハンブルク芸術大学ファッション学科

Fachhochschule Hamburg Gestaltung FB Mode-Design

ハンブルク1995年の1年間客員教授として立体裁断とファッション解剖学を講義する。その後毎年夏に大学校舎で行われる国際芸術サマースクール「PENTIMENT」で引き続き講義を行う。

ハンブルクは古くから港町として栄えた国際都市。1市で州としての自治も行われている。FH Hamburgは街の中心アルスター湖のすぐ側で緑の多い美しい環境にある。ドイツ国内の多くの大学の中でもそのキャラクターと実績は特に有名。

ファッション学部の他にテキスタイルデザイン科、写真科、絵画科、映画科のコースが同校舎で学んでいる。映画科では世界的に有名な映画監督ヴィム・ヴェンダース氏が教授として生徒を指導している。

 

ブレーメン芸術大学ファッション学科

Hochschule fuer Kuenste Bremen FB Mode-Design

1996年から現在まで立体裁断とファッション解剖学の講義と実技を行う。単科大学(Fachhochschule)と芸術大学(Hochschule fuer Kunste)では微妙に卒業するための単位と、授業構成が異なる。Hochschuleのほうが一般的に授業時間数も多く卒業が難しい。

現在の校舎は旧市街の歴史的建物がたくさん残る地域にある。同校舎には音楽学部もあり、ホールでは常にコンサートも開かれているすばらしい環境。音楽学生の協力を得てファッションショーが行われることもある。

ブレーメンは動物たちの「音楽隊」で日本でも有名な街。ハンブルクからは列車で約1時間の距離にある。この街も大きな港を持っていて、コーヒー豆の荷揚量はヨーロッパ1.街の中心には荘厳な教会、市庁舎などが残り、美しい。

 

フォルツハイム芸術大学ファッション学科

Fachhochschule Pforzheim Gestaltung FB Mode

 

1997年から現在まで立体裁断とファッション解剖学の講義と実技を行う。昔は金が採掘されたため今でも「金の街」としても有名。この芸術大学には全国でも珍しい彫金の専門学科がある。そのためファッション科の学生もアクセサリー作りをはじめ、布にこだわらない立体造形に挑戦することも多い。

 

南はスイスと西はフランスとの国境が近いため、他国のファッションスクールとも交流が多いのもこの学校の特徴。さらに縫製工場や、車の生産地が集中する南ドイツに位置するため、企業との提携も進んでいる。

街は第2次世界大戦時に爆弾工場があったため爆撃によって壊滅。戦前の建物は一切見られない。そのため観光地としてはまったく見るものがないが、この地方いったいはバーデンバーデンをはじめ温泉が出るため、郊外にはたくさんの保養施設、プールなどがある。

 

ドレスデン芸術大学舞台芸術学科舞台衣装科

Hochschule fuer Bildende Kuenste Dresden FB Kostuemgestaltung

1999年から現在まで立体裁断とファッション解剖学を講義する。この大学は舞台に関する学部だけがある特殊な学校。衣装科の他に、音響、舞台美術、メイクアップ、俳優などの学部がある。

舞台衣装専門の大学のコースはドレスデンとハンブルクだけにかない。この学部への入学にはドイツ国内の縫製技術訓練校を卒業していなければならず、さらに最低2年の劇場衣装部での働いた経験が必要となる。そのため、学生の仕事には正確さと緻密さを見ることができるが、平均年齢があがってしまう難点もある。

ドレスデンは旧東ドイツにあり、中世の面影を十分に残したすばらしい街。世界大戦で壊滅した旧市街はその後の努力でほぼ戦前の街並みに復元されている。とうとうと流れる雄大なエルベ川、ゼンパー劇場とツヴィンガー宮殿を中心とする旧市の美しさと静けさはドイツの歴史を雄弁に語っている。

 

モード学院ハンブルク校、デュッセルドルフ校、ミュンヘン校

(AMD Akademie Mode Design Hamburg, Duesseldorf, Muenchen)

 

1995年から現在まで立体裁断とファッション解剖学を講義する。AMDは私立の服飾専門学校。1988年にハンブルクに開校したのが最初。

 

97年に国内で最大のファッション展示会が行われるデュッセルドルフ校を開校。2000年にはドイツでもっとも長い伝統をもつミュラー式服飾専門学(Modeschule Mueller und Sohn)を合併吸収し、AMDミュンヘンと名前を変える。この学校はミューラー式の作図で日本にも知られている。ハンブルク校はファッションの他にインテリアデザイン科もあり、3校の学生総数は全国の服飾学校で最大となる。

 

デュッセルドルフのメッセ−はフランス、ベルギー、オランダとの国境が近いという利点を利用して90年代から急速に発展した。街中には展示会会場をメッセ−に借りる代わりにショールームを兼ねたショップを持つブランドが増え、街はファッション都市へと変貌した。

 

ミュンヘンはもともと服飾業界が集中している街なので早くから専門学校も開校していた。ドイツ独特のマイスター制度のための服飾マイスター養成学校もここミュンヘンにある。バイエルン王の築いた巨大な街並みはドイツ国内では他には見られないすばらしいものだ。

 

ベルリン職業訓練校

(BUF Bildungseinrichtung fuer berufliche Umschulung und Fortbildung im Berufsfoerderungswerk Bekleidung Berlin e. V)

1989年、ベルリンの壁崩壊後、東ベルリンにあったブティック、縫製工場、職業訓練校などはすべて閉鎖になった。東で作られていた粗悪でお世辞にもファッション性があるとは言えない服を誰も必要としなくなったからである。100%の失業率。その後もファッション関係の仕事を続けたければ西側のシステムを勉強しなければならなかった。

そこでできたのがこの職業訓練校BUFだった。しかしBUFがしなければならないもっとも大切な仕事は、突然職を失って心身ともに病んだ東の人たちの心の救済だったのである。現在BUFで働く人は旧東出身者だけで運営されている。ベルリン市からの援助は満足とは言えないが、東西の格差を除くためにはこのような施設が必要なのだろう。

2000年にBUFとしては初めての外部からの講師として立体裁断の特別講義を行った。学生は20代から60歳d代と幅広い年齢層。講義後、60代の女性の生徒が「東ドイツでは何とか西のファッション情報を集めようと必死だった。日本人からフランスで生まれた立体裁断を習う日が来るとは夢にも思わなかった」と話してくれた。忘れられない講義となる。

 

ハノーバー芸術大学ファッション科

(Fachhochschule Hannover Kunst und Design)

2000年の万博で知名度の上がった街、ハノーバーの芸術単科大学。1996年、97年と2年間講師として立体裁断を講義する。現在の校舎は万博後のドイツパヴィリオンに移転。

 

ハノーバー総合大学のファッション技術学科

(Universitaet Hannover institut fuer Textil und Bekleidungstechnik)

 

総合大学内の服飾研究学部。この学部の卒業生の多くは、小中高学校や専門学校の先生、または研究機関に就職することが多い。1997から現在まで立体裁断とファッション解剖学を講義している。

 

アルプシュタット服飾専門単科大学

(Fachhochschule Albstadt-Sigmaringen FB Bekleidungstechnik)

 

ドイツとスイスの国境付近の山間部にある単科大学。主にテキスタイルを専門としていて、ニットの研究とその技術で国内でも有名な学校。1999年に特別講義を行う。

 

ベルリンヴァイセンゼー芸術大学ファッション科

(Kunsthochschule Berlin Weissensee FB Mode)

 

現在のベルリンには3つの単科、芸術大学にファッション学部がある。そのうち2つは旧東ベルリン地区にあり、ベルリンヴァイセンゼー芸術大学は東ベルリン時代からその活動、作品のクォリティの高さは西側でも有名だった。入学後1年間は学部に関係なく立体造形と絵だけを習い、2年目から専門のコースへと移るユニークな学校。2002年に特別講義を行う。

 

ベルリン服飾技術職業訓練学校

(Oberstufenzentrum Bekleidung und Mode Berlin)

 

東西ベルリンがまだ壁で仕切られていた頃の有名なチェックポイントチャーリー側に建つ、旧西ベルリン時代から長い歴史を持つ職業訓練校。現在は千人以上の学生が服飾技術を学んでいる。

 

名古屋学芸大学ファッション造形学科

Nagoya University of Arts and Sciences

 

京都造形大学空間演出デザイン学科ファッションデザインコース

Kyoto University of Art and Design